原発を知る

スリーマイル島原子力発電所事故

スリーマイル島原子力発電所事故

(スリーマイル島原子力発電所 出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 

1979年3月28日、アメリカ合衆国東北部ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所2号機で重大な原子力事故発生しました。

 

国際原子力事象評価尺度 (INES) においてレベル5の事例です。

 

故障が起きた原子炉は緊急停止しましたが、設備の不具合、誤った操作判断、誤操作などが重なり、冷却材の水量が減ってしまいました。そのため、炉心上部が露出し、炉心溶融(メルトダウン)および崩壊を引き起こすというこれまでにない事故となりました。

 

ほどなく給水システムが復旧したことで、大爆発などには至らずに収束しましたが、まだ放射能物質が漏れるおそれがあると考えられたため、州知事は発電所近くに住む小さな子どもや妊娠中の女性は避難するように呼びかけました。

 

 

スリーマイル島原子力発電所事故 反核運動

幸い、周辺の住民が浴びた放射線量はわずか(※)で、健康に影響が出るほどではなかったといわれていますが、この事故をきっかけとしてアメリカでは猛烈な反核運動が勃発しました。

 

米スリーマイル島原子力発電所事故の発生した1979年から2011年現在に至るまで、新規に原子力発電所が建設されていません。

 

 

 

原子炉の燃料が溶け出す炉心溶融(メルトダウン)が起きたこの重大事故は、世界中の人々に原子力発電の安全性に不安を抱かせました。

 

 

(※)平均被曝量は8ミリレムであり、個人単位でも100ミリレムを超える者はいない。
8ミリレムは胸部X線検査とほぼ同じで、100ミリレムは米国民が1年で受ける平均自然放射線量のおよそ三分の一だ」としている。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)